大韓民国観察記Neo

韓国の、どうでもいい、重箱の隅をつつくブログ。

Fedoraは嫌いだけどFedoraを使うわけ

Fedora30
インストールはFedoraのサイトからDVDイメージをダウンロードし、インストールDVDを焼いてから、DVDからインストールするとよい。
ハードディスクのパーティーションの知識がないと、インストールはしんどい。
なぜって?
Windows側に、ライバルLinuxと共存できないようにする姑息な仕掛けがあるため。

 

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お察しの通り、Fedoraは昔からタッチパネルディスプレイを標準でサポートしている。あくまでRedHutの技術者の趣味でそうしているだけなので、AndoroidOSにとってかわろうというだいそれた意図はまったくないらしい。
 

ソフトのインストールがLinuxの中でも抜群に簡単だから・・・に尽きる。

リポジトリーを登録しなければならない一手間はある。
しかし、新しもの好きの多いFedoraの場合、Fedora、Updates、RPM Fusion(Free/NonFree)を登録しておけば、大抵なんでも揃う。

 

Fedoraでは、基本、yumというサービスプログラムを使ってソフトをインストールや、アップデートを行う。
最近では、yumの作者がバージョンアップをサボっていると怒ったFedoraが、最近はdnfという互換プログラムを作って、dnfを正式サポートするようになったが。

ソフトのインストールは端末から『dnf install ソフト名』で、あとはOSにお任せでOKだ。
ソフト名の指定は、わりと厳密なので、ネットで検索して正しいスペルを確認しておく必要があるが。

 

dnfは、依存性やら、相性の悪いプログラムやらを自動的になんとかしてくれるインストールプログラム

dnfは、インストールしたいソフトがあったとすると、依存性のプログラムを自動的に捜し出してきて、すでにインストールしてある相性の悪いプログラムをなんとかしてくれる優れものである。
WindowsでよくあるDirectXのバージョンが合わないからどうしようとか、Microsoft.NET Frameworkのバージョンがどうのこうのというトラブルは起こらない。

Fedoraを使いこなせても、Linuxを使いこなせたということにはならない・・・が

FedoraLinuxを使えるようになったから、Linuxに詳しいなどと勘違いしないでもらいたいと、他のディストリビューションユーザーから釘を刺されることがある。
確かに、ソフトのインストールがあまりに簡単なので、その意見に同意せざるをえない。

Fedoraは優れたLinuxディストリビューションだとは思っていないが、実用的なLinuxディストリビューションだとは思う。

実用性重視の業務用メインフレームは、正統的なLinuxではなく、RedHut Linux を採用していることが多い関係で、操作法はFedoraそのまんまということはよくある。

 

GNU/Linux本家Debianは良いディストリビューションだが実用的ではない

現在はFedoraを使っているが、私がLinuxデビュー当時は、GNU/Linux本家Debianを使っていた。

Debianには、骨格のほか、余計なものはほとんどなにもくっついていない。
それゆえ、コンピューターの研究にはうってつけかもしれないが、Windowsでやっている仕事、ワープロとか表計算をさせようとすると、四苦八苦することになる。

LinuxというOSの実態は、カーネルだけのOSで、サービスプログラムは、別途ユーザーが自力で集めて一つのOSに組み上げるというスタイルのOSである。
ただ、素人がサービスプログラムを掻き集めるのは至難の技なので、インターネット上の有志が、サービスプログラムを集めて一つのOSに組み上げている。
これをディストリビューションという。

Linuxディストリビューションを史上初めて作ったのはリチャード・ストールマンというコンピューター研究者の第一人者で、史上初のLinuxディストリビューションDebianである。

もともとリチャード・ストールマンUNIX互換OSGNUを作っていたが、コンピューター研究者としての意地で、マイクロカーネルにこだわって、その凝りまくった構造のカーネルの製作に難渋していた。

そんなところに、カーネルの構造なんてどうだっていいから、早く実用的なUNIX互換OSが欲しいんだというリーナスが作ったLinuxができたので、くっつけてみたら動いたという代物である。

世の中のLinuxは、だいたいにおいて、カーネルであるLinuxと、GNUのサービスプログラムが合体してできた骨格を有している。

 

GNUなんて大っ嫌いなLinuxユーザーの人気を集めるFedora

カーネルの構造なんてどうだっていいから、早く実用的なUNIX互換OSが欲しいんだという人々もいないわけではなくて、Fedoraなんかは、その筆頭である。

GNU/Linuxになっても、システム構造にこだわりまくるGNUのサービスプログラムをどんどん外して、独自のサービスプログラムに換骨奪胎してしまっている。

Fedoraを使っているグループは、そういうのが大嫌いなのだ。
Windowsより優れた仕事ができてナンボじゃないかい?

Windowsでやっている以上の仕事をできるようにしようとグループには、過激派のFedoraの他に、Debianに敬意を払い、Debianの骨格を大切に機能向上を図る穏健派のUbuntuのグループがある。

Ubuntuは、Debianにさらにサービスプログラムを追加して、Windows並みの仕事ができるようにすることを目指したディストリビューションである。

 

私が過激なFedoraを使うのは、GNUのAPTが大嫌いだったから

ただ、私はDebianで使われていたソフトをインストールするためのAPTというシステムが大嫌いであった。
Ubuntuはそれと同じAPTを採用しているので大嫌いなのである。
Ubuntuでは、最初から必要と思われるソフトは最初から入っているので、APTでインストールすることは基本必要はないというのだが。

gimpとかLivreOfficeとか、Linux上で事務仕事をする場合欠かせないソフトがあるのであるが、入ってない場合、APTでインストールしようとすると、えらくたいへん。
依存関係のあるファイル同士が衝突して、インストールに失敗するパターンに苦しんだ。
APTでソフトをインストールして、成功したためしがなかった。
それで、yum(dnf)が使えるFedoraを使うようになった。

 

ちなみに、Fedoraは、商用Linuxで導入予定の最新技術を評価するためと称して、RedHut社の技術者がおもいっきり趣味に走って、やりたい放題開発しているディストリビューション
iPadの画面と見紛うような最新のLook & FeelがFedoraの真骨頂。
WindowsのLook & Feelは、未来のLinuxの機能としてはふさわしくないらしい。
ここらへんはアップルのMacよりも先行していて、Windowsより仕事がやりやすい。
それゆえ、Fedoraの斬新さを好む人は多い。
最新型グラボにだって、真っ先に対応する。

 

ただし、rootユーザーを廃止しようとするなど独善的な部分もないわけではない。
初期インストールの際、rootユーザーの登録画面がなくなっており、Fedoraのホームページ(英語)で、rootユーザーの設定方法について、
「rootユーザーは、システムをインストールした後、端末から、『sudo passwd』コマンドを入力し、設定するが、この説明の意味が分からない人はrootユーザーを使うな」
とわざわざ書いてある。

Fedoraのホームページで取説のあるのはいいほうで、RedHutが作りっぱなしで、ろくすっぽ取説を作っていない機能は山のようにある。
Fedoraユーザーは、バージョンアップするたびに、意味不明な新機能を理解するのに四苦八苦する。
Fedoraは、商用Linuxがどのような方向に発展していくべきかを評価するための実験場という宿命で、安定性はWindowsよりずっと良いが、Linuxとしては失格の水準。
連続運転は、24時間ぐらいにとどめておいたほうがいい。

ならば、商用Linux、またはRedHutの商用Linuxのほぼクローンの無料LinuxCentOSの方が良いんではないかという気もするが、これらは基本的にサーバー向けの保守的な設計で、コマンドベースで使うことを前提にシステムが組まれている。